夢のお話



・・・とっても すばらしいコンサートのお手伝いができて、幸せです。青木裕子
文:  ひがしのようこ
朗読: 青木裕子
  
1) 皆さんこんにちは。

  今日は、私が見た 夢の話をさせて下さい。

  その夢は 大勢の赤ちゃんをとりあげて来た 老・産科医の信(しん)先生が
  また一人、新しい生命を抱き上げていました。

2)「この子は大切な子だ。この子は愛の人になる子だよ。
  千人にニ人、世界中に散らばって 生まれてくる。
  人の歴史が始まって以来、ずーっと そこ、ここで・・
  人と人を やさしく つないで生きる 愛の人たち・・ 大切な子だ。
  お母さん、 みんなで 大事に 育てようなぁ・・ 」

3)助産師の雅(まさ)さんが「うん、うん」とうなずきながら、
  お母さんの背中を さすっていました。

4)夢は、その赤ん坊が大きくなり、世界中の人々と
  ローマのコロッセオみたいな所で 大合唱をして終わりました・・

5)私は 十年ほど前まで 地域の保健所で、十五年近く 
  乳幼児の「心理発達相談員」として 働いていました。

6)千人にニ人、三人、「ダウン症」や「自閉症」の人たちは生まれてきているとされます。

7)保健所で 生まれて間もない ダウン症の子や
  二才を過ぎても 言葉を話してくれない自閉症と思われる子どもたちを
  抱くようにして 訪ねてこられる お母さんたちに お会いして来ました。

  言葉にならない程、深い悲しみにも似た 不安で 途方にくれておられるお母さんたち・・
  その お一人 ひとりに
  「この子は大切な人になりますよ、お母さんの優しい気持ち たくさんの愛を受けて、
  大事な仕事をする人に きっとなります」
  と言いたかった。

  でも 途方に暮れるお母さんの気持ちを察すると なかなか うまく言えませんでした。

8)私がお母さんたちに そう 言いたかったのは、
  子どもの頃 一緒に育った 友だちとの 思い出が たくさん あるからです。

9)私の人生を変えた友だちの一人 カズちゃんは 言葉を ほとんど 話せませんでした。
  でも いつも 私を そっと見ていてくれて
  一日に何度も 二人で 見つめ合うようにして 笑いました。

  ある日、「カズちゃんが 私のことを大切に思っていてくれている」と気づいて
  うれしくて、うれしくて 泣きたいような 気持ちを知ったのは
  小学2年生の時でした。

10)中学時代の 障がい児学級の友人たちは アクティブで 色々な物を作っていました。 
  ホットケーキやプリン作り なんかもあって、
  休み時間に 彼らの教室へ行くと、いつも 私の分も作ってありました。

  編物の上手な北川さんは、毎年 冬になると、ミトンの手袋を編んでくれ、
  3年生の秋には、皆が力をあわせて 一年も丹精して やっと咲かせた「大輪の菊」が
  リヤカーに乗って 私のおうちに 運ばれて来ました。

  どれも、これも サプライズ!
  私が喜ぶと、みんな喜んで 笑い
  皆に優しく 守られていたと感じます。

11)そんな風に 私が子ども時代に会った 障がいをもつ同級生たちは
  色々と発達は遅れていても、心は遅れていませんでした。
  友だちとして いちばん大切なこと「人を思う」ということを教えてくれた
  大切な人たちでした。

12)1982年、私がニ八歳のとき、
  「楽団あぶあぶあ」を一緒に結成することになる「みんな」に出会いました。
  そのとき、 私は かつての同級生に再会したような気がしました。

  その練習が楽しい!  一年、二年かかっても なかなか上手にならないのですが、
  お互いが上達することを待ち合って よろこんで・・たのしい。
  自分のことを 自分よりも 期待し、喜んでくれる仲間がいることが うれしかった。
  私たちは 一音一音、音を重ねながら 心を重ねる喜びを 深めて行きました。

13)聞きに来て下さるお客さんに 喜んでいただけるコンサートが出来るようになり、
  福祉行事などの依頼を受けて 演奏に出かけると、
  どこで知るのでしょう、いつも追っかけの様にして 聞きに来てくれる若い仲間たちがいました。

  あぶあぶあのメンバーたちは そんな若い人たちと一緒に 何か 音楽をやりたくなりました。
  楽団を結成して 十年目、仲間を募って「ミュージカルチーム LOVE」を結成しました。
  自分たちのミュージカルを創り始めたのです。

  話し言葉を持たない仲間もいるので、 まなざしや仕草、
  身ぶり、手ぶり の中から 心の言葉を読み取って
  少しずつ 少しずつ 作っていく日々は 楽しい・・
  相手の気持ちが分かるから 楽しい。
  自分の気持ちが 分かってもらえるから うれしい・・


14)そうして 開いたコンサートは 二百回を数え、
  振り返れば、結成以来 四半世紀が経ち、
  私たちは 15万人ものお客様にお会いし 喜びの心を重ねていただいて来ました。

  「人と人とが交わる所に 必ず喜びが生まれる」という 膨大な体験の日々・・
  皆さんとの交わりが 私たちを 育て 変えた と 思います。

15)今、プレーヤーたちは 一つのことに 気づいています。
  それは 2006年1月
  神戸で開かれた「国連 防災世界会議」での演奏を無事終えた直後の 練習日のことでした。
  161カ国の皆さんと 手をつないで 共に歌い 抱き合った ステージの感激が
  まだ さめやらない中での「プレーヤーミーティング」。

16)「ねぇ、みんな、聞いて、 やっぱり大切なのは 愛よ」(チホさん)
  「うん、愛」(私)
  「愛は 一人じゃ ダメなのよ、 チームワークが大切なのよ」(トモコさん)
  「愛のチームワーク・・」(私)
  「新しいミュージカルを創ろう」(トモコさん)
  「愛のチームワークを伝える 新しいミュージカル!」(トモコさんと他のプレーヤーたち)
  「どんなミュージカルを創ればいいの?」(私)
  「感動のミュージカルのことよ」(トモコさん)
  「感動ってどんなこと?」(私)
  「うれし涙の出るミュージカルのことよ」(チホさん)
  「うれし涙の出る感動かぁ・・どんな時に そんな感動をするの?」(私)
  しばらく沈黙が続いて・・
  「誰かに『ありがとー』って思った時 感動する」(と、トシユキさん)
  「私のこと 大切にしてくれている人がいるって分かった時・・ありがとう・・」(トモエさん)

17)自分を大切にしてくれる人に出会い続け、自分の存在の大切さを 感じ、安心し、
  とても 自由な気持ちが 私たちの中にあります。
  お互いを 傷つけることなく お互いの幸せを 願い合う気持ち・・

  この気持ち 思いを託して これからも 力を合わせて 作品を作って、
  世界中の皆さんに 伝えて行きたい と 思います。

  そして 私たちを守り 育てて下さった 人たち、
  とりわけ ずいぶん苦労をかけた 年老いたお母さんたちに
  誇りに思っていただけたら・・

18)では、私たちが 十八年の歳月をかけて作り出した 60分のミュージカルを
  お楽しみ 下さい。
  

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