演奏会のたびに毎回同じ障害を持つ仲間や小さな観客のみなさんと舞台で一緒に歌って楽しんでいます  abuabua logo  English Version 
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 lastUpdate: 2001.08.20


社会参加と貢献性
~あぶあぶあについて~

 


神戸元町での毎年協力している 街頭でのチャリティーコンサート


 楽団あぶあぶあのメンバーたちが生まれたのは約30年前。ダウン症や自閉傾向など知的障害をもってその生涯を送ることになるとわかったときからできる限り日常生活の中で自力で暮らせる力を身につけることをまず、第一の目標に家庭や学校、それに療育機関などが中心になってその教育全般に心血が注がれてきました。それは、彼らが社会の一員として、自然に受け入れられ、スムーズで楽しい人生を送れることが親たちを始め、彼らと出会う折々の人々の願いだったからでしょう。そうした中であぶあぶあのメンバーたちもまた、学齢期を終えるころ、それぞれの諸々の能力、生活場面での技術は、それぞれなりに身につき始めていました。知的障害をもつということは変わらないため、依然として日常の多様な場面で周囲の人からの助力や介護、障害を理解された上での対応を必要とする部分があることは変わりませんが、彼らも又、障害をもたない若者たち同様、心は青年期へと入っていこうとしていました。



手話を歌に添えたくて。

 しかし、たとえば計算能力や言語能力をとりあげても、その能力は不十分なところがあり、一般的な社会人としての力量がついているとは言えません。それだけにある部分の仕事は十分にこなせても、実際には認めてもらいにくく社会の中で役立てる力を、いくらかずつもちあわせていても、理解されにくいというところがあります。障害をもつ人そのものの資力が乏しいことから、平等には参加や社会の一員としての諸々での活動がしにくい一面があります。
 音楽活動でも同じようなことは言えます。活動を始めて2~3年目までは、”下手でもいっしょうけんめい”が評価されるにとどまりました。その後は“障害をこえてここまでがんばれる”といったことぱでずいぶんほめていただきました。ところが、5年目くらいを境に演奏がどんどん変わっていくのがわかりました。もちろん努力のかいあって技術的にも少しは上達はしましたが、変わってきたのは演奏全体がメッセージをもちはじめたことでした。
 それは、自分たちの音楽を媒体にして、演奏会で出会う人たちと楽しいときをもとうとするメンバーたちの気持ち、出会う方々の心の楽しさやうれしさを受けて、倍にも3倍にもして、返そうとしている演奏への意欲でした。出会い、知り合っていく人々のしあわせをよろこび、自分もよろこぶ、といったごく自然なメンバーの人柄が演奏する一曲一曲に込められはじめたのです。音楽活動を通して対等に、多くの人々と出会い、自らの音楽を介して楽しいときを分かちあえることになっていったのです。
 チャリティコンサートでの音楽ボランティアとしての参加、聴覚障害をもつ子供たちがコンサートに来てくれたことを知って少しずつ覚え始めた手話つきボーカル。ひとまわりもふたまわりも若い同じ障害をもつ子供たちへ直接、やさしい言棄・心をかけながらのコンサート、そんな中から姉妹グループは、知らせを受けているだけでも全国に20近くになりました。



会場に集まった同じ障害をもつ若い人たちと歌う

 3年前に、15才近く若いダウン症や自閉症などの知的障害をもつ若い学生たちに呼びかけて、あぶあぶあのメンバーと姉妹グループで社会人の歌うグループ“あぷちやんず”一緒になってミュージカルづくりを始めました。これが、このあと紹介、報告します「ミュージカルLOVE」です。このミュージカルの後輩たちにあぶあぶあの先輩たちはインストラクター役を果たし乍ら、ミュージカルを創作しています。30才に入ったあぶあぶあの青年たちがこれまでに両親をはじめ、先生方、ポランティアの皆さん、地域の人々、多くの人々に育てられて身につけたことごと、そして、自らの誠実な日々の努力によって培ってきた力と心を若い人たちに伝え始めています。ごくふつうの成人した大人たちと同じように自分に授かり持たされている人間としての宝を若い人たちにごくごく自然に譲り始めたのです。
 メンバーたちは”自分のもつ力を多くの人のしあわせのために使う”ということで自然体での社会参加や貢献を果たしていると考えられます。音楽活動は、それを可能に導き得た媒体のひとつといえます。



兵庫県但馬に誕生した姉妹グループ「ミックスジュース」


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